【べらぼう】白眉毛こと松平武元(石坂浩二)の読みは何故タケチカ?タケモトから改名した理由 (3/4ページ)
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※『寛政重脩諸家譜』巻第50 松平元越智(清和源氏義家流)
【意訳】明和3年(1766年)4月7日に家基(孝恭院殿)が元服し、従二位権大納言に叙任された。そこで供奉した武元は4月18日に備前家守の刀を賜わる。また家基から直々に時服十領を賜わった。
時服(じふく)と季節の衣替え代として賜る禄を指します。十領とは十着分に相当し、季節によって袷(あわせ。春秋)・単衣(ひとえ。夏)・綿入(わたいれ。冬)などに充当されたそうです。
第8代徳川吉宗から徳川家重・徳川家治(眞島秀和)と三代将軍に仕えた忠義の老臣は、ますます奉公に励んだことでしょう。
松平武元・基本データ
田沼派とは常に対立していた武元。しかしそれは私利私欲ではなく、あくまで公儀を思ってであった。NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」公式サイトより。