“豚丼”は代替メニューなんかじゃない!北海道(十勝・帯広)の郷土料理としての素顔とその歴史に迫る (3/5ページ)

Japaaan

彼は調理における特色あるメニューを模索する中で、当時、滋養強壮の食材として人気がありながらも高価で庶民には手が出しにくかった「うなぎ」に着目しました。

うなぎの蒲焼きのような風味を、より安価で入手しやすい食材で再現できないか。そうした発想から、身近な食材であった豚肉を用い、うなぎのタレを参考にした独自の甘辛い醤油ダレを開発したのです。

「鰻丼よりもうまい」というキャッチコピーとともに売り出されたこの丼は、炭火で焼かれた豚肉の香ばしさが労働者たちの食欲を刺激し、瞬く間に評判となりました。

吉野家が元祖ではない

これに追随するように帯広市内の他店も豚丼の提供を開始し、各店がタレの配合や焼き方に工夫を凝らすことで、地域全体の名物料理へと発展していったのです。

さらに時代を下り、2003年のBSE問題による牛肉輸入停止措置が、豚丼の知名度を全国区へと押し上げる皮肉なきっかけとなりました。

牛肉不足に陥った大手牛丼チェーンの吉野家などが、代替メニューとして豚丼の販売を開始したのです。

この出来事により、多くの人々が「豚丼」という名称を認知することとなりましたが、同時に一つの大きな誤解も生じさせています。すなわち「豚丼は牛丼屋の代替メニューとして生まれた」という認識です。

しかし、これまで述べた通り、帯広の豚丼はそれとは全く異なる文脈、すなわち昭和初期からの長い歴史と独自の調理法を持つ郷土料理なのです。

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