朝ドラ「ばけばけ」実はヘブン先生の初婚は息子と3人暮らし――小泉八雲、アメリカでの悲劇的な結末 (2/4ページ)

Japaaan

1854年前後の頃、彼女は白人農園主を父に、黒人奴隷を母に持つ混血の女性としてアメリカ南部・ケンタッキー州で誕生しました。

誕生時のマティの身分は、奴隷ということになります。

しかし南北戦争終結と奴隷解放によって自由を獲得。その後、最初の結婚と離婚を経て、1860年代末〜70年代はじめにかけて、息子ウィリアム・L・アンダーソンとともにオハイオ州シンシナティへ移り住みました。

シンシナティでのマティは、下宿屋の厨房で働くコック(家事労働者)でした。

そこへ居候のような暮らしで転がり込んできたのが、若きラフカディオ・ハーン(のちの小泉八雲)です。

ハーンは極貧から新聞記者への道を歩み始めたばかりで、欧州から来た、身寄りも乏しい「よそ者」でした。

あるとき、ハーンが病を得て倒れます。その時熱心に看病したのがマティで、感激したハーンは彼女と接近します。

2人がお互いを愛して共に歩もうとするのは、当然の成り行きでした。

ヘブンとマーサの食事(公式Xより。)。束の間の暖かい時間であった、

「三人暮らし」の結婚生活

結婚生活は、波乱の幕開けでした。

1874年6月14日、23歳のハーンと20歳前後のマティは、オハイオ州の反異人種間結婚法に反して秘密裏に結婚します。

このとき、ふたりの暮らしは朝ドラ「ばけばけ」のように「夫と妻」だけではありませんでした。

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