朝ドラ「ばけばけ」実はヘブン先生の初婚は息子と3人暮らし――小泉八雲、アメリカでの悲劇的な結末 (4/4ページ)

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新聞社からの解雇は、ハーンとマティたちの生活を追い詰めていった…

「母としてのマティ」のその後と、八雲への影

離婚の成立後、2人はそれぞれの道を歩んで行きました。

マティは別の男性アンダーソンと結婚したとされ、息子ウィリアム・L・アンダーソンは、やがて市会議員選挙にも名が出るほどの人物として成長しました。

その後、マティは1931年まで長く生きたことが記録されています。

一方のハーンは、どうだったのでしょうか。

シンシナティを去ってニューオーリンズ、西インド諸島、日本へと移住。明治23(1890)年に松江に英語講師として赴任します。

ハーンは松江で小泉セツと出会い再婚。日本では四人の子どもに恵まれ、ハーンはのちに「小泉八雲」として知られるようになりました。

ハーンとマティが共にした時間は、確かに彼らのその後を形づくった、と言えると思います。

ドラマ「ばけばけ」でレフカダヘブンが言っていた「通りすがり」「家族にも縁がない人生」は日本で終わり、小泉八雲の人生が新たに始まりました。

小泉八雲とセツ夫妻。2人の出会いは運目的なものであった。

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