日本史初の“女性切腹”——将軍・足利義政の乳母から罪人へ…今参局の栄光と悲劇的な最期 (2/5ページ)
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今参局は応永11年(1404)に大館満冬の娘として生まれたとされています。通称としてお今と呼ばれていたようですが、本名は残念ながら不明。
父は足利義満から偏諱を受けていることから、足利政権では信頼が厚かったことがうかがえます。
なぜ、そこまで信頼が厚かったのかというと、大館氏は新田氏の重臣として仕える新田氏一門の一族でしたが、大館義冬が室町幕府に仕え治部少輔に任命されたことがきっかけとなっています。
そこから将軍の親衛隊である5ヶ番衆の第5番衆の番頭を代々務めるようになりました。そのような経緯もあったことから、今参局も足利義政の乳母に就任できたと考えられています。
義政の乳母という揺るがない地位を確立した今参局は、義政が室町幕府八代将軍に就任すると、次第に幕政へ深く関与するようになります。
