朝ドラ「ばけばけ」ヘブン先生の“想い人”は史実ベース——イライザの実在モデルの壮大すぎる生涯! (2/7ページ)
エリザベスが12歳のころ、一家は父方の本家があるナチェズ(現ミシシッピ州ナチェズ)へ移ります。
この「一家の没落」とも言える体験は、後年の彼女の文章に見られる、どこか冷静で物悲しい視線につながっていきます。
エリザベスは、10代のうちにニューオーリンズの新聞社「ニューオーリンズ・タイムズ・デモクラット」へ詩を「B. L. R. Dane」の筆名で投稿を開始します。
やがて、その詩の作者が若い女性であることが編集部に知られると、彼女は正式に原稿料を支払われるようになります。
ほどなくして、エリザベスはニューオーリンズへ出てニューオーリンズ・タイムズ・デモクラットで働き始めます。
同社には、ラフカディオ・ハーン(のちの小泉八雲)がおり、文筆家としても親交を深めました。
南部のプランテーション出身の女性が、自らの筆一本で生計を立て始める。この選択は、当時としてはかなり先進的なものでした。
プランテーション(イメージ)。戦争の舞台にもなり、エリザベスの一家は困窮した。
文芸志向の記者、世界一周旅行へ新聞記者として働くエリザベスは、少しずつ文芸志向に傾いていきます。
1887(日本では明治20)年ごろ、エリザベスは大都市ニューヨークへ移住。新聞「ザ・サン」などに記事を寄稿し始めました。
1889(明治22)年には、ニューヨーク・ワールド紙など複数紙で仕事をしつつ、のちに運命を大きく変える雑誌 『コスモポリタン』 とも関わるようになります。