2026年大河『豊臣兄弟!』注目の舞台──豊臣秀吉・秀長、飛躍の契機「本能寺の変」の史跡を巡る【後編】 (7/9ページ)
当時の本能寺は、東西約100メートル、南北約220メートルの長方形の敷地を持ち、周囲には堀を巡らし、さらに土塁と土塀を構えて、まるで小規模な城郭のような様相を呈していました。表門をくぐると、本堂・客殿・庫裏・奥書院などの堂宇が並び、その周囲を多くの塔頭寺院が取り囲んでいたといいます。
本能寺の変。信長は奥書院にて自害したと伝えられる。(Wikipedia)
信長が自刃した場所は奥書院と考えられています。変後、信長の三男・織田信孝がこの地を墓所にしようとしましたが、秀吉が許さなかったという逸話も伝わっています。
現在の本能寺には信長の廟や家臣の供養塔が整えられている一方、旧本能寺跡には往時を示す遺構は残されていません。しかし、信長の最期に思いを馳せるうえで、ぜひ訪れておきたい場所です。