2026年大河『豊臣兄弟!』注目の舞台──豊臣秀吉・秀長、飛躍の契機「本能寺の変」の史跡を巡る【後編】 (8/9ページ)
時の東宮・誠仁親王が暮らしていた二条新御所跡も、もう一つの本能寺の変の舞台です。本能寺が明智勢に襲撃されたとの報を受けた信長嫡男・信忠は、宿所の妙覚寺から二条御新造(二条新御所)へ移りました。
信忠は親王をはじめ女官たちを退避させたのち、約2時間にわたり奮戦し、最後は自ら御殿に火を放ち自刃したと伝えられています。
こうして信長・信忠父子はともに紅蓮の炎の中で没し、その遺体はついに発見されることがありませんでした。この後、光秀は細川幽斎ら与力大名に合力を求めましたが、いずれも思うような支援を得られないまま、秀吉との山崎決戦へと向かいます。そして、この戦いを契機に、秀吉と秀長は一気に歴史の主役へと躍り出ることになるのです。