庶民の味方“遠山の金さん”は悪名高き「天保の改革」執行者!幕府衰退の遠因となった悪政の実態 (2/4ページ)
しかしこの人、実際には庶民の味方どころか、庶民の風俗を取り締まって改革を支える役人の立場でした。
金さんのシンボルである入れ墨も、有名な「桜吹雪」ではなかったフシがあります。明治二十六年に初演された『遠山桜天保日記』という脚本によると、「腕に生首が文をくはえたるぼかしの彫物」とあるのです。
これが史実なのかは不明ですが、少なくとも明治二十六年の時点では、遠山景元という人物は生首の入れ墨をするような禍々しいキャラクターとして扱われていたことが分かりますね。
娯楽や文化への締め付けは、江戸の活気を奪いました。改革前には200軒以上あった寄席が、わずか15軒に減ったほどです。また、歌舞伎小屋も浅草方面へ強制移転させられました。
ただこれは、庶民に寄り添い芝居小屋の継続を望んだ、遠山景元の苦肉の施策だったとも考えられます。