庶民の味方“遠山の金さん”は悪名高き「天保の改革」執行者!幕府衰退の遠因となった悪政の実態 (4/4ページ)

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長州藩の越荷方のように、諸藩が産地から大坂へ届く前に商品を買い占め、独自の流通網を作っていたのです。

株仲間を解散しても、この流れは止まりませんでした。むしろ流通が混乱し、物価はさらに上がりました。

統治能力の限界

そしてこの改革の裏では、西国諸藩の台頭が目立ってきていました。

薩摩藩・長州藩・肥前藩などは、特産品の専売や産地直取引を進め、財政を強化していきます。

一方、幕府の商業政策は失敗を重ね、経済的な主導権を失っていきました。

この構図は、天保期からすでにでき上がっていました。幕府の衰退と諸藩の成長は、明治維新の土台を築いていたのです。

北町奉行所跡(丸の内トラストシティー・東京駅)

天保の改革は、短期的には失敗です。庶民の生活を圧迫し、政策も的外れで、幕府の威信を損ないました。

しかし、その過程で幕府の統治能力の限界がはっきりしました。諸藩の経済力が伸び、幕府が追いつけなくなった現実が浮き彫りになったのです。

水野忠邦の改革は、結果として幕末の政治構造を変える伏線となりました。失敗した改革が、実は明治維新への地ならしへとつながっていったと言えるでしょう。

参考資料:浮世博史『くつがえされた幕末維新史』2024年、さくら舎
画像:photoAC,Wikipedia

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