日本に初上陸したアメリカ人はペリーではなかった!誤解されている鎖国下の日本と外国の交流をまとめて解説 (3/4ページ)
実際には、オランダ商館長は手続きを踏めば出島の外に出ることが可能で、長崎の祭り「長崎くんち」を見物するのも許可されていたという記録が残っています。
特に商館長は、4年に1度は江戸へ参府し、将軍に謁見する大規模な旅をしていたそうです。
この江戸参府は往復で約2ヶ月、江戸滞在が1ヶ月ほど続き、商館長は年間の4分の1近くを出島の外で過ごしたことになります。
この参府の一行は150人を超える大行列で、江戸日本橋の薬種問屋・長崎屋に滞在したことから江戸の出島と呼ばれていたとか。
外国人には慣れていたこの江戸の出島こと長崎屋には、杉田玄白や前野良沢などの蘭学者も訪れ、学術交流が盛んに行われました。
さらに葛飾北斎も前述のオランダ商館長から浮世絵の注文を受け、今もオランダやフランスの美術館に所蔵されている作品が多く存在します。