江戸のインフラは先進国レベル!近代化に出遅れたはずの江戸時代、実は産業技術の高さにペリーも驚いていた (2/6ページ)
産業革命の象徴。世界最初の鉄道、ストックトン・アンド・ダーリントン鉄道の開業(Wikipediaより)
しかし、かのペリーが日本を訪れたとき、面白いことを言っています。
彼は日本の手工業技術の精巧さに驚き、「道具は粗末でも、職人の技術は世界に劣らない」と評価したのです。
そして、日本人の知的好奇心と吸収力を見て、「排外政策が緩和されれば、すぐに先進国の水準に達する」と予言しました。
発達していた産業ペリーの予感は正しかったし、彼の視点は鋭く本質を見抜いていたと言えるでしょう。実は江戸時代の終わり頃、日本の産業はすでに工場制手工業の段階まで発展していたのです。
当時は農村の家内工業から始まり、問屋制家内工業を経て、多くの人が働く手工業工場へと展開していました。
例えば、お酒づくりで有名な伊丹・池田・灘では、早くからこの工場制手工業化が進んでいました。