個人の権利は後回し…明治の象徴「四民平等」実際は平等ではなく身分制度の再編に過ぎなかった (2/5ページ)
翌1870年には農民と町人が平民とされ、苗字を名乗ることが許されました。
さらに1871年には身分をこえた結婚が認められ、穢多・非人という呼び名が廃止されます。これが身分解放令です。
そして1872年には卒族が廃止され、多くが平民に統合されました。
身分制度の再編このように数字だけを追っても、わずか数年のあいだに身分制度が大きく組み替えられたことがわかります。
けれども、これで身分差が完全に消えたわけではありません。
1873年の徴兵令、1876年の廃刀令、そして秩禄処分によって士族の特権は消えましたが、そのため士族の多くは職業上の利権を失い、生活に困るようになりました。就職や結婚での差別も残りました。
一方で華族は皇室の藩屏とされ、政治や経済の面で特権を維持します。
明治21年(1888年)の宮内省庁舎(Wikipediaより)
つまり、平等になったというよりも身分制度が再編され、新しい三つの身分構造ができあがっただけとも言えます。