『豊臣兄弟!』での重要舞台・清洲城とは?桶狭間と清洲会議をつないだ“歴史の交差点” (1/2ページ)
日本には今でも多くの「お城」があり、歴史好きのなかでも特にお城が好きな方もいますよね。
今回の記事では、そんな数ある日本のお城のなかでも、日本史において非常に重要な出来事にかかわった「清洲城(きよすじょう)」についてご紹介したいと思います。
清洲城は、現在放送中のNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」でも重要な舞台の一つとなっていますが、どのような特徴を持ったお城で、どのような歴史を歩んできたのでしょうか?
清洲城とは?どこにある?清洲城は、尾張国春日井郡清須(現愛知県清須市一場)にあったお城です。現在、もともとの城の大部分は消失していますが、本丸土塁の一部が残っています。
現在の天守閣は、平成元年に、清洲城跡に隣接する清須市清洲地域文化広場内に建設された鉄筋コンクリート造りの模擬天守です。
清洲城の建築から信長の本拠地となるまで清洲城の建築は、尾張国の守護であった「斯波義重」(しばよししげ)によって、1405年に始まりました。内紛によって織田氏が入城すると、織田信秀、織田信友などが居住地としました。
1555年、織田信長が叔父とともに謀って信友を殺害すると、信長は清洲城を本拠地としました。
桶狭間の戦いへの出陣も清洲城から歴史の転換点でもある桶狭間の戦いも、織田信長は清洲城から出陣しています。
