語源が切なすぎる…湯たんぽの漢字はなぜ「湯湯婆」と書く?由来と歴史をたどる (3/3ページ)

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やがて明治時代に入ると西洋製の円筒形陶器湯たんぽが輸入され、明治20年(1887年)ごろには庶民の間にも普及していきます。

湯婆のままでは意味が通じにくかったことから、湯婆を「たんぽ」と一単語に見なし、頭に湯を加えた「湯たんぽ」という名称が一般的になりました。

大正時代(1912~1926年)には、現代でもよく見かける小判型湯たんぽ(楕円形で表面に波がついたトタン製)が登場します。

昭和初期の戦前から戦時中にかけて、金属不足で陶製湯たんぽに戻りますが、その合理性から敗戦後は再び小判型湯たんぽが一般的になっていきました。

湯たんぽ(湯湯婆)の歴史まとめ

起源は湯婆(タンポ)、意味は「お湯を入れて妻代わりに暖をとるもの」 日本に伝来したのは室町時代(15世紀ごろ) 一般庶民へは明治時代以降に普及 明治時代中期以降「湯湯婆(ゆたんぽ)」と呼ばれるように(日本語+中国語)

今回は湯たんぽの漢字表記「湯湯婆」と、その歴史について紹介してきました。寂しい男性が「妻の代わり」に暖をとっていた歴史に思いを馳せ、寂しさを禁じ得ません。

もう少し心温まるネーミングはなかったものかと思ってしまうものの、あまりに寒すぎて、そんな余裕もなかったものと思われます。

最近では省エネ性やコスパの高さから湯たんぽが注目を集めており、寒い冬を乗り切るツールとして、これからも重宝されることでしょう。

※参考資料:

ふじみ野市立上福岡歴史民俗資料館ら「資料館通信 第71号」ふじみ野師、2017年4月

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