飴は日本最古の甘味料!『日本書紀』が語る神武天皇が作った「水無飴」と飴文化の歴史 (2/4ページ)
平安時代の文献にも「あめ」が登場し、京の都では水飴を売る店があったと伝えられています。
この頃の飴は、あくまで料理に甘味をつけるためのもので、今のように舐めて楽しむお菓子ではありませんでした。
室町時代になると砂糖が輸入されますが、庶民にはまだ手が届かず、甘味といえば依然として水飴でした。
飴が本格的に“お菓子”として扱われるようになるのは、砂糖が少しずつ普及し始めた江戸時代に入ってからです。
江戸で花開いた飴文化江戸時代は、飴が一気に大衆化した時代でした。砂糖が高級品ながらも一般社会に広まり始め、飴は完全にお菓子としての地位を確立します。
飴売りという職業が登場し、奇抜な格好で歌いながら売り歩く飴売りは、子どもたちの人気者でした。
京都の菊一文字屋や大阪の平野あめなどの名店が生まれ、江戸に伝わると下りあめと呼ばれてブランド品として扱われます。
この頃には、飴の種類も急速に増えていきます。元禄から宝永期にかけては千歳飴、べっこう飴、黒砂糖飴などが登場し、縁日では細工飴が売られるようになりました。