実在した豊臣秀吉のミイラ――出土するもたちまち崩壊…神になろうとした天下人の痛ましい末路 (3/5ページ)
さらに明治三十三年、黒田長成ら豊臣家ゆかりの大名の子孫が中心となり、秀吉の墓碑を整えるための豊国会が結成されました。
ここまではいいのですが、この豊国会がとんでもないことをしでかします。
ミイラ発見!しかし…この豊国会が墓碑を整えるための整備を進めていた最中、なんと秀吉の遺体を納めた甕(かめ)が出土しました。
蓋を開けると、そこには西向きに鎮座した秀吉のミイラがあったと記録されています。
しかし、ここで取り返しのつかない事態が起こります。意図せずして墓荒らしのような形になってしまったわけですが、豊国会の関係者たちは甕から遺体を取り出そうと試みたのです。
そのままにしておけばよかったのに、ミイラはたちまち崩壊してしまいました。