幕末の寺に残る「16歳の数学少女」 ――史料でたどる、江戸時代に消えた“和算少女”たちの痕跡 (2/4ページ)

Japaaan

序文によれば、娘が父の協力のもとで著したとされ、父娘による協働のかたちが示されています。

後世の研究では、壺中隠者は上方出身の町医者・千葉桃三である可能性が高いとされ、娘・平章子に算法を教え、その内容をまとめたのが『算法少女』であるという見方が有力です。実際の数学的内容は当時の和算の標準的・先進的技法を含み、理論の中心は父に依拠していると考えられています。

それでも、本書は「平章子」という少女の名を前面に掲げ、「少女が学びながら解法を身につけていく」という構成で世に出されました。

現在知られている限り、『算法少女』は江戸期の和算書の中で女性名義で刊行された唯一の例と位置づけられることが多く、和算史上きわめて特異な存在です。少女名義が純粋な演出だったのか、それとも当時実際に高度な数学を学ぶ少女が一定数存在したことの反映なのかについては、明確な結論は出ていません。

寺子屋と商家が支えた少女たちの数学

江戸時代、庶民教育を担った寺子屋では、「読み・書き・算盤」が基本のカリキュラムとして男女ともに教えられていました。寺子屋は男女共学で、一斉授業ではなく、師匠がそれぞれの子どもの習熟度に応じて指導する形が一般的でした。

江戸時代、全国に自然発生的に広まった「寺子屋」ではどんな勉強をしていたのか?

寺子屋で用いられた往来物は現存するだけでも7000種類以上あり、そのうち約1000種類は女子用と分類される教材です。少女が教育の対象として広く想定されていたことが分かります。

商業が盛んな地域では、商家の娘も帳簿管理や取引に必要な計算能力を求められ、算盤教育に力を入れる寺子屋もありました。

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