『豊臣兄弟!』史実だった安土城ライトアップ!織田信長の “戦国最強エンタメ王” 伝説 (3/5ページ)

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それでもなお、「天下取りは信長あってこそ」と見る向きは多く、秀吉の胸の内には複雑な思いもあったのかもしれません。後年、織田家にやや冷淡な態度をとるのも、そんな背景があったと考えることもできそうです。

しかし、そんな秀吉も信長の「派手好き」「エンタメ好き」だけは、しっかりと継承しました。

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若き日の信長が「大うつけ」と呼ばれていた頃の奇抜な装いは、信長の象徴ともされています。

紅や萌葱色の糸で結った茶筅髷片袖をわざと脱いだ着物、腰には朱塗りの大刀。火打袋や瓢箪をぶら下げ、餅や果物をかじりながら小姓たちを従えて城下を歩く姿は、当時の常識からすれば相当なインパクトだったでしょう。

斎藤道三(演:麿赤兒)の娘・濃姫(帰蝶)との婚姻が成立した際、最初は奇抜な姿で現れながら、道三との対面の場ではきちんと正装に改めたという逸話も有名です。

つまり信長は、「奇抜なだけの若者」ではなかったのです。見せ方を心得た、計算された演出だったとも考えられます。

さしずめ現代にたとえるなら、最先端のストリートファッションを着こなすカリスマ的ファッションリーダー、といったところでしょうか。

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