『豊臣兄弟!』で竹中半兵衛(菅田将暉)ついに登場!若くして無念の死を遂げた名軍師の生涯 (4/8ページ)

Japaaan

それを諫めた半兵衛や西美濃三人衆を遠ざけ、聞く耳を持ってくれません。

西美濃三人衆 安藤守就(田中哲司)通称は伊賀守。半兵衛に協力する。 稲葉良通(嶋尾康史)法名の一鉄は頑固一徹の語源に。 氏家直元(河内大和)法名の卜全(ぼくぜん)で有名。 斎藤竜興から信長に寝返り!『豊臣兄弟!』に登場の“美濃三人衆”が辿ったそれぞれの末路

このままでは美濃が滅ぼされてしまう……前途を案じた半兵衛らは、永禄7年(1564年)2月6日、竜興の不在を狙って稲葉山城(後の岐阜城)を攻め獲ってしまいます。

わずかな手勢で周到に計画を進め、竜興の寵愛をいいことに政治を誤らせた斎藤飛騨守(ひだのかみ)ら6名の佞臣を討ち取ったため、竜興は恐れをなして逃亡しました。

ここで講談などでは「城を奪ったのは、あくまで殿(竜興)をお諫め申し上げるため」として、速やかに稲葉山城を返還するのですが、実際は半年ほど籠城・抵抗しています。

結局は多勢に無勢で稲葉山城を奪還されてしまったそうで、その後は身を潜めて隠遁生活を送りました。

そして永禄10年(1567年)に稲葉山城が信長に攻略され、斎藤竜興は再び逃亡。ここに戦国大名としての斎藤家は終焉を迎えます。

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