【豊臣兄弟!】なぜ織田信長は逃げた…最大級の危機「金ヶ崎の退口」の謎、ドラマではどう描かれる? (3/4ページ)
大軍であればあるほど、指揮命令が行き届かずに右往左往し、烏合の衆と化してしまうリスクは高いでしょう。
そういう意味から、信長は下手に両面の敵を迎え撃つより、一目散に逃亡して被害を最少限におさえようと考えた可能性があります。
一、敵兵力の正確な情報がなかった
現代の私たちは織田&徳川VS朝倉&浅井の兵力差を知っていますが、当時現場にいた信長が同じ情報を持っていたかは分かりません。
「背後から敵襲!」と聞いて、その兵数を瞬時に把握するのは難しく、ならば一刻も早く退却を選んだ可能性も考えられます。
大慌てで逃げ延びた信長が、後から情報を集めて「何じゃ、泰山鳴動して鼠一匹だったか」と思ったかも知れません。しかし、もしこれが5万の大軍だったらひとたまりもなかったことでしょう。
生きてさえいれば再び朝倉を攻めることもできます(事実そうしました)。戦国乱世を生き抜く上で、危機察知能力は過敏なくらいでちょうどよかったのかも知れませんね。
終わりに今回は金ヶ崎の退口について、兵数で勝っていながら信長が慌てて退却した真相を考察してきました。
浅井長政の裏切りによって手痛い敗北を喫した信長は、その後苛烈な逆襲を果たすことになります。