【豊臣兄弟!】なぜ織田信長は逃げた…最大級の危機「金ヶ崎の退口」の謎、ドラマではどう描かれる? (1/4ページ)
時は元亀元年(1570年)、天下一統の野望に燃える織田信長(小栗旬)は、三万の軍勢を率いて越前の朝倉義景(鶴見辰吾)を攻めました。
緒戦は好調……しかし盟友であった妹婿・浅井長政(中島歩)が突如として寝返り、織田勢の背後を突きます。信長は真っ先に逃亡、木下藤吉郎秀吉(池松壮亮)や徳川家康(松下洸平)らが殿軍を務めました。
これを後世「金ヶ崎の退口(かねがさきののきぐち)」または金ヶ崎崩れと言い、信長の生涯における痛恨事となったのです。
しかしなぜ信長はいきなり逃げ出してしまったのか、疑問を指摘する者もいました。そこで今回は、金ヶ崎の退口について、信長逃亡の真相に迫りたいと思います。
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まずは金ヶ崎の戦いについて、織田&徳川と朝倉&浅井を比較してみましょう。
織田&徳川連合軍……30,000 朝倉義景……10,000 浅井長政……5,000※兵力の概数には諸説あります。
※朝倉・浅井は別行動(織田を挟み撃ちする形)のため、個別に表記しました。
こうして見ると、信長たちの方が、朝倉・浅井よりも2倍の兵力を持っていたことが分かります。
