犬は7000年前から“家族”!老犬も見捨てない…縄文人の犬への愛情が想像以上に深かった (2/5ページ)

Japaaan

愛知県の「吉胡貝塚(よしごかいずか)」 では、成人女性の墓の半径3~4m以内に、4頭の犬が埋葬されていました。さらに、この貝塚では赤ん坊が幼犬とともに葬られている例も確認されています。

同じく愛知県の「 伊川津貝塚(いかわづかいづか)」 からは、貝殻を加工した装飾品を副葬された埋葬犬が見つかりました。この犬は他の犬より海産物を多く食べていたこともわかっており、人と特別な関係にあったと見られています。

ペットとして犬が飼われていたことを示す最古の記述は、奈良時代の木簡(もっかん)に見られます。

奈良時代の皇族・長屋王(ながやおう)の邸宅跡から見つかった木簡には、「犬司」という犬の世話係の存在が記されており、犬が子どもたちの遊び相手として飼われていたと考えられています。

【弥生〜平安】猫はいつから日本に?

ペットとしての猫は「イエネコ」と呼ばれる家畜種で、大陸から日本列島に持ち込まれました。

日本最古のイエネコの骨は、約2000年前の弥生時代の長崎県壱岐島の「カラカミ遺跡」から発見されています。

また古墳時代の兵庫県の遺跡から出土した須恵器には、小動物の足跡のようなくぼみがあり、ネコが付けた足跡である可能性が高いとされています。

こうしたことから、猫は弥生時代に稲作と共に日本列島にやってきて、それ以来人間と共に生活していたという見方がされています。

一方で、イエネコは飛鳥・奈良時代に仏教とともに伝来し、平安時代になると愛玩動物として飼われていたとも言われています。

平安時代の宇多天皇 の日記『寛平御記(かんぴょうぎょき)』には、天皇が飼っていた黒猫について「たいへん愛らしい」との記述があり、平安時代には猫が愛玩動物として可愛がられていたことがうかがえます。

また平安京の遺跡から出土した猫の骨の分析から、日本の猫の多くは平安時代以降に持ち込まれた個体の子孫である可能性が高いと考えられています。

このように日本の猫の起源ははっきりしませんが、いずれにしても、猫が持ち込まれた当初の理由は愛玩ではなく、穀物を食べるネズミの天敵として飼うためだったと考えられています。

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