『豊臣兄弟!』あの足利義昭 側近は誰?義昭と信長に仕え架け橋となった武将・和田惟政の壮絶な生涯 (3/5ページ)

Japaaan

上洛そして「都の副王」に

足利義昭(画像:Wikipedia)

永く不遇をかこっていた義昭主従は、11年(1568年)9月、信長の庇護を受けて上洛します。

三好三人衆を蹴散らして同年10月には京都へ入り、義昭は第15代将軍となったのです。苦節3年、ようやく思いが実った瞬間でした。

惟政は摂津国芥川城主となり、池田勝正や伊丹親興(いたみ ちかおき)と共に摂津三守護と呼ばれるほどの勢力を築きます。

翌永禄12年(1569年)には芥川城を家臣の高山飛騨守(高山右近の父)に預け、自身は高槻城に移転しました。

このころ来日した宣教師からは「都の副王」と呼ばれており、実質的に室町幕府の副将軍的な存在となっていたようです。

義昭と信長の架け橋に

信長にも仕えた惟政。

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