朝ドラ「風、薫る」妻を苦しめた愛人問題…りんの夫・奥田亀吉(三浦貴大)の実在モデル・渡辺福之進の生涯 (4/5ページ)

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家柄でいえば釣り合いが取れていますが、年齢は20歳ほど離れていたといいます(このとき数え年で福之進が39歳。和は19歳)。

さらにまずいことに、すでに福之進には5人の妾がいました。しかも子供も5人いたと伝わります。

結婚の条件は妾との関係を清算することでした。しかし福之進は一度は受け入れたものの、妾との関係を終わらせません、

明治10(1877)年、和との間の第一子・六郎が誕生。すでに妾に子供が5人いたため、この名付けだったようです。

当然、和との夫婦関係は軋み始めていました。

明治13(1880)年には和との間に第二子・心(シン)が誕生。しかし程なくして和は子供を連れて福之進と離婚して家を出ていきました。

翌明治14(1881)年、和は上京して桜井女学校附属看護婦養成所へ進学。日本初の近代的な教育を受けた「トレインドナース」となります。

和は帝国大学医科大学第一医院(現在の東大病院)の初代外科看病婦取締役看護婦長)に就任するなど、日本初の看護婦として偉大な足跡を残しました。

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