【豊臣兄弟!】お市が長政を介錯した悲劇の舞台、“あの小谷城”へ…聖地巡りしたい巨大な山城の見どころ (4/11ページ)
浅井家の滅亡後、小谷城は秀吉の手に渡るものの、琵琶湖畔の今浜(現在の長浜)に新たに長浜城を築いたため、小谷城は廃城となりました。
廃城といえども、現在でも小谷山全体に壮大な遺構が残されており、昭和12年(1937)には国の史跡に指定。戦国ファン、城郭ファン、登山ファン、大河ファンなど多くの人が訪れています。
見どころはたくさんあるので、代表的な場所を簡単にご紹介しましょう。
1)番所跡
「本丸跡まで約0.4km」の木の看板を過ぎると最初に目に入るのは『番所跡』。遠方から見えず、間道も皆ここに集まる要所に位置し、登城者の検問をした所です。戦時には城門の防衛戦の一端をになる重要な警備の拠点でした。『虎御前山展望台』から見える虎御前山は、小谷城の戦いの際、織田軍の本陣となった場所です。
2)御茶屋跡
番所跡のすぐ上にある、主郭部最先端の曲輪(※)跡で、西側の隅には庭があったと思われます。『御茶屋跡』という風雅な名前には似つかない軍事施設です。
※曲輪:城を構成するための一区画で、 石垣や堀などで囲われた部分で。曲輪を多く作ることによって、簡単に落城させないようにしてた。