【豊臣兄弟!】お市が長政を介錯した悲劇の舞台、“あの小谷城”へ…聖地巡りしたい巨大な山城の見どころ (5/11ページ)
3)御馬屋跡
『御馬屋跡』は三方を高い土塁で囲まれた曲輪で、本丸の前で守るためにありました。『馬洗池跡』は、湧水ではないものの、往時は年中水が絶えなかったそう。敵がその上の桜馬場に登るのを防ぐ水堀だったと考えられています。馬洗池跡の周辺には石垣の跡が見られます。
4)首据石
御馬屋曲輪跡から少し登ったところに、ある『首据石』。天文2年(1533)、初代・浅井亮政が六角氏との戦の際、家臣の今井秀信の内通を知り亮政は秀信を呼び出して謀殺。その首をこの大岩に置いて晒したとされています。
5)赤尾邸跡と浅井長政公自刃之地の碑
御馬屋跡からその上の桜馬場跡に登る途中に、東にそれる脇道があり、入口に『右 赤尾美作守屋敷址』と刻まれた石碑があります。