朝ドラ「風、薫る」りんが出会った“厄介な患者”の正体…園部弥一郎(野添義弘)のモデル・長田銈太郎の生涯 (6/7ページ)
この後、銈太郎は自宅で療養。派遣された看護婦が大関和(一ノ瀬りんのモデル)でした。
ドラマ「風、薫る」と同様、このときの銈太郎は傷病者でありながら、養生せずに大関を困らせます。
しかしある日、大関和が黒羽藩の家老であった大関弾右衛門の娘であるとわかると変化がありました。
銈太郎は過去、弾右衛門にフランス語の通訳をしたことがあり、それを懐かしく思ったとされます。
相変わらず看護を受け付けなかったものの、以降、銈太郎の大関和に対する態度は柔らかくなりました。
しかし看護の甲斐なく、同年3月31日、銈太郎は39歳(41歳とも伝わる)の生涯を閉じます。
銈太郎の葬儀の日、大関和は看護服で参列。葬列に看護婦が制服で付き添うようになったのは、これが初めてだったとされます。
銈太郎がもし長く生きていれば、外交・宮廷儀礼・教育の分野でさらに大きな役割を担った人物でした。
長田銈太郎の生涯は、江戸から明治へ、日本が世界と向き合うための「言葉の橋」を架けた人物だったと言えるでしょう。