朝ドラ「風、薫る」尊王攘夷の志士が国際結婚…千佳子の夫・和泉元彦のモデルとされる三宮義胤の生涯 (5/5ページ)
明治29(1896)年、義胤は男爵に叙任。幕末の功績や明治政府での官歴、宮内省での働きが評価された結果と見てよいでしょう。
「風、薫る」では、和泉元彦(義胤がモデル)が「侯爵」として描かれていましたが、史実の三宮義胤は男爵です。
爵位は上から公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵と続きます。男爵は一番下だ、と思われるかも知れません。
しかしいずれも華族として扱われており、学習院を中心とする教育面での優遇や、貴族院制度との関わりがありました(ただし男爵は自動的に貴族院議員となるのではなく、同爵者による互選で選ばれる仕組みでした)。
しかし義胤は、叙爵後も変わらず職務に精励していきます。
結果、宮内省式部長として10年余りを務めました。この時の明治国家は、条約改正、日清戦争、国際儀礼の整備など、外へ向かって国家の姿を示す時代に入っていました。
そのなかで義胤は、かつて幕末の志士でありながら、国際儀礼を担う宮内官僚として働き続けたのです。
明治38(1905)年8月14日、義胤は世を去りました。享年62。
近江の寺院に生まれた青年が、尊皇攘夷を志して生き、その先に新時代の官僚として花開き、愛する人を外国から迎えた…
数奇でいて、移り変わりが激しいものの、そこには幕末から明治を経験した日本人の価値観そのものが詰まっています。
三宮義胤の生涯は、幕末の情熱と明治の国際化をつないだ、静かな架け橋のような歩みだったと言えるでしょう。
日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan