『豊臣兄弟!』さらば半兵衛…なんと江戸時代 中期まで続いた竹中半兵衛(菅田将暉)の子孫たちを一挙紹介 (4/7ページ)
全体的に、建築関係の才能を発揮したようです。
死後の法名は祖傳(そでん)、故地の禅憧寺に葬られました。
半兵衛の曾孫(4世代目)・竹中重高寛永11年(1634年)生~延宝6年(1678年)9月2日没/45歳
通称は吉之丞(きちのじょう)、官途名は左京(さきょう)。生母は杉原長房女。
慶安4年(1651年)に第4代将軍・徳川家綱へ出仕して、寛文4年(1664年)12月10日に家督を承継します。
江戸城柳間(やなぎのま)に詰め、6千石のうち千石を弟の竹中重之に分け与え、これが後代の先例となりました。
死後の法名は永隆(えいりゅう)、芝の泉岳寺に葬られます。以後、竹中家の墓所は泉岳寺と定められます。
半兵衛の玄孫(5世代目)・竹中重長
寛文元年(1661年)生~天和2年(1682年)6月14日没/22歳
通称は吉之丞、官途名は主殿(とのも)、生母は池田長賢女。寛文10年(1670年)12月25日に徳川家綱へ出仕し、父を亡くした延宝6年(1678年)12月6日に家督を継承しました。