鎌倉時代は本当に“武士の時代”だったのか? 財政から見えた武家政権の悲しい現実とは (3/5ページ)

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つまり、幕府が直接税を徴収できたのは、関東中心の限られた地域だけだったのです。

日本の大部分は、依然として地方の豪族たちが実質的に支配していました。彼らは御家人として幕府に組み込まれましたが、土地の支配権は豪族側にあったのです。

幕府は全国の徴税権を持たない地方豪族連合の調整役であり事務局にすぎませんでした。これでは、中央政府としての財政力が極めて脆弱になるのは当然です。

武家の限界

幕府の致命的な欠陥は、朝廷のように全国から安定して税を集めるシステムを持たなかったことです。

財源が乏しいということは、自前の軍隊を維持できず、御家人たちへの恩賞も満足に用意できないことを意味します。

鎌倉幕府が短命に終わり、室町幕府が混乱を繰り返したのも、この構造的な弱さが原因でした。

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