『豊臣兄弟!』千利休の登場は近い?織田信長・豊臣秀吉に仕えた“茶聖”の知られざる前半生 (3/4ページ)
天正10年(1582年)6月に本能寺の変で信長が横死を遂げると、利休は織田政権を乗っ取った羽柴秀吉(豊臣秀吉。池松壮亮)に仕え、茶の湯を通じて後に「茶聖」と謳われるまでの地位を築き上げました。
例えば九州から大友宗麟(おおとも そうりん)が大坂城を訪れた時、羽柴秀長(豊臣秀長。仲野太賀)が
「公儀のことはそれがしに、内々のことは宗易に(ご相談ください)」
と耳打ちするほどで、豊臣政権において秀吉を支える二大柱として認識されていたようです。
しかし天正19年(1591年)に秀長が世を去った1月ごろ、利休はいきなり切腹を命じられてしまいました。
前田利家(大東駿介)や古田織部(ふるた おりべ)、細川忠興(ほそかわ ただおき)ら名だたる弟子たちが助命に奔走するも叶わず、70歳の生涯を幕を下ろします。
時に天正19年(1591)2月28日、切腹した首は一条戻橋(京都市上京区)で晒されるという仕打ちを受けたのでした。
秀長が世を去ってすぐ切腹を命じたのは、もしかしたらかねて秀吉が利休を憎んでいたのを、秀長がおさえていたからかもしれませんね。
終わりに今回は千利休について、その前半生を中心に紹介してきました。
果たして大河ドラマ「豊臣兄弟!」に千利休は登場するのか、登場するなら誰がキャスティングされるのか、今から楽しみですね。
