『豊臣兄弟!』千利休の登場は近い?織田信長・豊臣秀吉に仕えた“茶聖”の知られざる前半生 (1/4ページ)

Japaaan

『豊臣兄弟!』千利休の登場は近い?織田信長・豊臣秀吉に仕えた“茶聖”の知られざる前半生

織田信長(小栗旬)といえば茶の湯。そして茶の湯といえば、後に「茶聖」と呼ばれる千利休(せんの りきゅう)の存在は欠かせません。

利休といえば豊臣秀吉に仕えた茶人のイメージが強いですが、若き日は堺の商家に生まれ、戦国の権力者たちとも深く関わっていました。

茶人であり、商人であり、時には戦の裏側にも関わった人物。

そんな千利休は、どのようにして信長・秀吉の時代に存在感を放つようになったのでしょうか。

今回はNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」をより楽しむために、千利休の前半生をたどってみます。

※千利休に関する記事:

織田信長を暗殺した「本能寺の変」の真犯人は千利休!?千利休 黒幕説を検証する

千利休が切腹させられたのはなぜ?政治利用された「茶の湯」と謎の処刑理由

茶人と商人の顔をあわせ持つ

千利休(画像:Wikipedia)

千利休は大永2年(1522年)、堺で商家「魚屋(ととや。屋号)」を営む田中与兵衛(よへゑ)の子として誕生しました。実名は田中与四郎(よしろう)と言い、後に出家して千宗易(そうえき)・抛筌斎(ほうせんさい)と号しています。

「『豊臣兄弟!』千利休の登場は近い?織田信長・豊臣秀吉に仕えた“茶聖”の知られざる前半生」のページです。デイリーニュースオンラインは、辻玄哉田中与四郎田中与兵衛月岑妙珎宗円カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る