豊臣秀吉の高松城水攻め“巨大堤防”伝説は本当か?3キロ堤防の裏にあった合理的すぎる戦略【豊臣兄弟!】 (3/4ページ)
ここで湿地帯という地形を逆手に取るという考え方は、秀吉らしい柔軟な発想でした。
地形を読む力、短期間で工事を実行する組織力、敵の心理を読む洞察力――これらが水攻めという形で結実したのでしょう。
コストは最小限高松城水攻めは、講談や軍記物によって奇跡の大工事として語られてきました。しかし、近年の歴史地理学の研究は、このイメージを大きく塗り替えています。
城の南側には「水通し(水越し)」と呼ばれる幅三百メートルの狭い排水路があり、実際にはここを堰き止めるだけで水攻めに必要な水量が確保できたのです。
つまり、秀吉が行ったのは城を湖に沈める巨大工事ではなく、単に排水路を塞ぐだけの合理的な操作でした。
彼は湿地帯という地形的な弱点を突き、最小限の工事(コスト)で最大の効果を得るという戦略を苦組み立てたのです。