豊臣秀吉の高松城水攻め“巨大堤防”伝説は本当か?3キロ堤防の裏にあった合理的すぎる戦略【豊臣兄弟!】 (4/4ページ)
そして、ご存じの通り、水攻めの最中に起きたのが本能寺の変でした。秀吉と毛利軍がにらみ合う中、六月二日の急報が戦局を一変させたのです。
ここから秀吉の中国大返しが始まり、彼は一気に天下人への道を駆け上がっていきます。
高松城水攻めは、秀吉の戦略眼と実行力が最も鮮やかに現れた場面であり、同時に彼の人生を決定的に動かした転機でもありました。
参考資料:
呉座勇一『真説 豊臣兄弟とその一族』2025年、幻冬舎新書
中公ムック『歴史と人物24 豊臣秀吉と秀長 完全ガイド』2025年、中央公論新社
TJ MOOK『歴史アドベンチャー 豊臣秀長 天下統一を成し遂げた兄弟の軌跡』2025年、宝島社
MSムック『豊臣秀長と秀吉 戦国乱世と天下統一への道』2025年、株式会社メディアソフト
画像:PhotoAC,Wikipedia
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