『豊臣兄弟!』本能寺前夜の死亡フラグ…信澄の黒幕説は本当か?史実を交え第26回の伏線など考察 (3/8ページ)
秀吉はあらかじめ敵領内に商人を送り込み、兵糧を買い占めることで敵を干上がらせました。完全に孤立した城内では餓死した者の人肉を切り取っては奪い合い、子は親を食い、弟が兄を貪ったと伝わります。
この「鳥取の飢え殺し(かつえごろし)」は以前に行われた「三木の干殺し(ひごろし/ほしごろし)」に匹敵する地獄絵図を描いた挙げ句、吉川経家の切腹で幕を下ろしました。
経家が「自分の首級と引き換えに、城兵の命を助けてほしい」と申し出たところ、秀吉はその死を惜しんで重臣だけ切腹すればよい旨を伝えます。
しかし経家の決意は揺るがず、秀吉は仕方なくその意向を信長に伝え、切腹させても構わないとの許可が出ました。
そして10月25日に経家は自害して果て、秀吉はその死を惜しんで「哀れなる義士かな」と男泣きしたそうです。実はそのようなことがありました。
秀吉の養子・羽柴秀勝とは?
末頼もしい秀勝。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
嫡男がいない秀吉の養子となっていた羽柴秀勝(柊木陽太)は、永禄11年(1568年)に信長の四男(※)として誕生しています。