『豊臣兄弟!』本能寺前夜の死亡フラグ…信澄の黒幕説は本当か?史実を交え第26回の伏線など考察 (4/8ページ)
(※)劇中および公式サイトでは五男とされていますが、信長の五男は織田勝長(幼名:御坊丸)ではないのでしょうか?何か新発見があったのかもしれませんね。
幼名は次もしくは於次丸(おつぎまる)、秀吉の子供には同姓同名の羽柴秀勝が3人(※)いたため、便宜上「於次丸秀勝」と呼ばれてきました。
(※)実子とされる石松丸秀勝は既に死亡、於次丸の死後に養子とした小吉秀勝(姉ともの次男)の3人です。
次の備中攻めで初陣を果たし、天正10年(1582年)3月の赤旗城攻めで武功を立てたほか、4月から始まる備中高松城攻めにも参陣します。
いっぽう政治面ではすでに活躍しており、秀吉が出陣して長浜に不在の際は、自身の名前で文書を発給していました。もちろん補佐役はついていたでしょうが、末頼もしい後継ぎですね。
その後も山崎の戦い・賤ヶ岳の戦い・小牧長久手の戦いなど歴戦しますが、若くして亡くなってしまいました。
本作ではこれらの活躍がどのように描かれるのか、信長ゆずりの英雄ぶりに期待しましょう。
「よき侍になりおったわ」信長のお墨付き