『豊臣兄弟!』与一郎は史実でも討死した?実際の光秀の最期など第29回「天下への道」の見どころを史実解説 (5/9ページ)
官兵衛による作戦説明。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
大河紀行で少し紹介されていましたが、実は秀吉が天下分け目の山崎合戦に遅参し、池田恒興(堀井新太)が主導権を握っていた可能性が指摘されています。
秀吉本隊20,000が到着する前に、織田連合軍20,000が明智軍16,000を制し、秀吉が到着したころには勝負がついていたのかもしれません。
そうなると「弔い合戦の第一人者」としての立場は怪しくなりますが、結果として織田政権の主導権を奪ってしまったのですから、やはり秀吉の政治力が尋常ではなかったのでしょう。
一方の恒興は弔い合戦の第一人者でありながら、政治力で引けを取ったため秀吉に屈することとなったようです。
