『豊臣兄弟!』で描かれた織田信長の道普請は史実?信長が実施した街道整備の施策を紹介 (2/5ページ)

Japaaan

道路こそ権威の源

信長と再会した小一郎。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK

時は天正2年(1574年)末、信長は朱印状を発給しました。これは領国内の道路整備を命じたもので、以下の内容となっています。

道路を平らにならし、石を取り除くこと。 路幅を三間間中(約6メートル)とすること。 道路の両脇に松と柳の木を植えること。 道路をこまめに掃除すること。 川には舟橋を架けること。

道路をならして石を取り除くのは、行軍をスムーズにするためでしょう。

路幅の三間間中(さんけんまなか)とは三間半と同じで、これは織田軍中における槍の長さでした。

ただし後に三間二尺(約5.7メートル)となっており、実際には当初から三間二尺だったようです。

道路の両脇に松と柳の木を植えるのは、道路境界の明確化と日陰による快適さを目的としていました。

例えば東海道の松並木がよく知られており、信長の施策はその先駆けと言ったところでしょうか。

また古代律令でも街道に柳を植えるよう命じており、その伝統にも則っていました。

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