あの装飾は「炎」ではない?縄文時代の国宝・火焔型土器、5000年前の人々が刻んだ謎とデザインの秘密 (2/5ページ)
その後、信濃川流域の各地で同じ特徴を持つ土器が次々と見つかり、現在では、この仲間全体を「火焔型土器」と呼ぶようになりました。
「火焔型土器」国宝指定番号1 出典:Wikimedia Commons
「国宝 火焔型土器」は、十日町市の笹山遺跡から出土しました。笹山遺跡は約1000年間存続した大きなムラの跡と考えられ、炉跡112基のほか、配石、土抗、埋がめなどが発見されました。そしてここから出土した14点の火焔型土器を含む、土器57点が国宝に指定されたのです。
あの「炎」は、本当に炎なの?実は、「火焔」と名付けられているものの、あの突起が本当に炎を表していると証明されたわけではありません。
もちろん、燃え盛る炎を表しているようにも見えます。しかし研究者の間では、それだけではないさまざまな説が唱えられています。
例えば、4本足の動物を表しているという説。
あるいは、水面を跳ねる魚や、水の流れを表現したという説。
生命力や自然への畏敬の念を形にしたという考え方もあります。
縄文人は文字を残していません。そのため、本当の意味は今も分かっていないのです。5000年前の人々がなにを思ってこの形を生み出したのか。それを自由に想像できる余地があることも、火焔型土器の大きな魅力といえるでしょう。