『豊臣兄弟!』お市と柴田勝家、自刃しての最期と「辞世の句」…運命を共にした2人の悲劇 (2/5ページ)
「昨日22日の夜に山中でご子息の権六殿(柴田権六)と玄蕃殿(佐久間盛政)を生け捕って参った。誠においたわしいことである」
これを聞いた城内の将兵たちは、静まり返って物音一つ立てず、門を固く閉ざしたままであった。
やがて夜になると殿守(天守)や大広間、その他あちこちの櫓など城内で酒宴が始まる。勝家は盃を傾けながら一族や家臣たちを集めて愚痴をこぼした。
「あの藤吉郎、猿冠者(さるかじゃ)のせいでこのようなことになってしまったのは、誠に無念でならない。まぁどうこう言っても始まらぬ。しょせん浮世は一酔の夢、明日には曙の雲と消えてしまうのだ」とか云々。
家臣の中村文荷斎(ぶんかさい)は銘酒の樽をありったけ並べ、豪勢なご馳走を並べて酒宴を取り仕切る。
また柴田弥右衛門尉(やえもんのじょう)に命じて城内くまなく酒と肴を届けさせ、至るところで将兵の盛り上がる声で沸き立った。
勝家はお市の方(小谷の御方)へ酌をさし、勝家も返盃をあおる。
また文荷斎や小島若狭守(わかさのかみ)にも酌をさし、皆で何度も盃を回して心ゆくまで痛飲した。
そして勝家がお市の方へ言う。
「あなたは亡き上様(信長)の妹君であらせられますから、よもや命はとられますまい。早く城から御出になってください」
これを聞いたお市の方は涙ぐみながら答える。
「去年の秋に岐阜から嫁いできたことは、前世からの因縁でしょう。今さら驚きもしませんし、ここから出ようとも思いません」
「しかし三人の娘たちには生き延びて私たちの菩提を弔い、またそれぞれに子孫を残してもらいましょう」
これを聞いた勝家は娘たちを呼び出して事情を話す。娘たちは母と一緒に最期を遂げたいと泣き悲しんだ。
しかし文荷斎は問答無用で娘たちを城外へ連れ出し、秀吉の元へ引き渡す。
やがて夜も更けて、夜半の鐘が響き渡ると、勝家とお市の方は寝所へ入る。
かつて四面楚歌に追い詰められた楚国の覇王項羽(こう う)と愛妾の虞美人(ぐびじん)の恨みと悲しみが思い出された。