『豊臣兄弟!』三法師の誘拐は史実?秀吉の“暴挙”、お市&勝家再婚の真意…第30回放送の真相考察 (2/7ページ)

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当日はいわばセレモニーであるから、事前に根回しをしておくのは現代でもよくあること。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK

天正10年(1582年)6月27日、尾張清洲城(愛知県清須市)に四人の宿老が集まり、織田家の新体制について協議しました。

この清須会議(清洲会議)により、以下のことが決定されます。

(1)三法師の補佐体制

(2)織田家所領の再配分

(3)徳川家康(松下洸平)による甲斐・信濃領有承認 など。

三法師(清水伊織)の傳役には堀秀政(ほり ひでまさ)が就き、叔父の織田信雄(山脇辰哉)と織田信孝(結木滉星)が後見し、そして宿老四名が政務を補佐することとなりました。

織田家所領の再配分には弔い合戦(山崎の合戦)における論功行賞の意味合いが強く、秀吉はこれまでの播磨国・但馬国に加えて河内国・丹波国・山城国が加増され、織田家中における最大級の勢力を誇ることとなります。

いっぽう関東戦線で苦境に陥っていた滝川一益(猪塚健太)は清須会議に遅参し、織田家の方針決定に参画できなかったばかりか、甲斐・信濃国を徳川家に奪われたことで所領を大きく失ってしまいます。

代わりとなる所領が得られなかったことから秀吉の主導による決定へ不満を募らせ、勝家に与する原因となりました。

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