前田利長も細川忠興も「羽柴」だった!? 豊臣秀吉が諸大名に自分の名字を“大盤振る舞い”した本当の理由 (1/7ページ)
羽柴中納言・羽柴伊賀侍従・羽柴若狭侍従・羽柴丹後少将・羽柴越中侍従・羽柴松島侍従・羽柴岐阜侍従……。
なんでしょう、これは?まさに「羽柴」の大行列の様相を呈しているではありませんか。
実はこれ、1587年(天正15年)正月1日付の『羽柴秀吉朱印状写(島津文書)』に記された諸大名の一部なのです。
そして彼らの本名は、豊臣秀長・筒井定次・丹羽長重・羽柴秀勝・前田利長・蒲生氏郷・池田照政。
もちろん、ここに挙げた羽柴名字の大名はごく一部で、豊臣秀吉の命によって「羽柴」を名乗った、いや、名乗らされた大名はもっとたくさんいたのです。
今回は、秀吉による「羽柴」の大盤振る舞いが、なぜ行われたのかをひも解いていきましょう。