【江戸の夜遊び】蕎麦をすすりながら街娼を眺める…現代人には理解不能すぎる江戸時代の娯楽「夜鷹蕎麦」とは? (2/5ページ)
番付には五十七歳から十六歳まで五十四名が掲載され、容姿や性格まで書かれていました。三日で発禁になるほどの売れ行きだったとされ、当時の関心の高さがうかがえます。
「夜鷹蕎麦」の誕生夜鷹が特に話題になったのは、天保の改革のあとでした。
ご存じの通り、天保の改革では水野忠邦が奢侈禁止と風紀粛正を掲げ、厳しい取り締まりを行いました。このため街娼たる夜鷹たちは一時的に姿を消しましたが、政策が緩むとすぐに戻ってきました。
その反動で、以前よりも目立つ存在になったのでしょう。
江戸の町で性風俗を楽しむといえば、誰もが吉原を思い浮かべるでしょう。しかし庶民にとって吉原は格式も料金も高く、気軽に行ける場所ではありませんでした。
一方、市中に立つ街娼は身近な存在でした。生活圏の中で自然に目に入ったことから、庶民の暇つぶしの対象になったのです。