【江戸の夜遊び】蕎麦をすすりながら街娼を眺める…現代人には理解不能すぎる江戸時代の娯楽「夜鷹蕎麦」とは? (3/5ページ)
こうして、前述の通り夜鷹が集まる場所には屋台が並び、町はさらに賑わいました。
こうした流れの中で、屋台の蕎麦は夜鷹蕎麦と呼ばれるようになります。
夜鷹蕎麦の名称の由来は、夜鷹見物の場で売られたからだともされますが、別の説もあります。夜鷹の花代が十文で蕎麦一杯の値段も十文だったというものです。
どちらが正しいかは断定できませんし、いくら特定の組織に与しない夜鷹だからといっても、蕎麦一杯の値段で買えるというのはちょっと信じがたい話です。
とはいえ、夜鷹を買う値段はそれだけ安かったということでもあるのでしょう。
夜鷹蕎麦という名前には、庶民の生活感覚がそのまま言葉に反映されたのであり、それはとりもなおさず庶民と夜鷹の距離感の近さを象徴していたのかも知れません。
庶民文化としての夜鷹さて、この通り夜鷹は売春婦の中でも最下層とされ、十文で身を売っていてもおかしくないと思われるほどの立場でした。
悲しきかな、現代もそうですが、こうした存在は時代に関係なくいつでもどこでも存在します。夜鷹たちは、貧困層の女性や老婆、性病のため公の場に出られなくなった女性などで構成されていたといいます。
また同時に、彼女たちは庶民の生活と密接に結びついていました。江戸の夜鷹もまた、社会の底辺に位置しながら確かな存在感を持っていたのです。
夜鷹見物は屋台文化と結びついた江戸の夜の娯楽でした。人々は蕎麦をすすり、燗酒を飲み、あんかけ豆腐をつまみながら夜を楽しみました。
そこには現代とは異なる江戸人ならではの生活感覚がありました。
