【豊臣兄弟!】「私を殺してみよ」女武将・お市の凄絶な覚悟と秀吉の決別…あまりに切ない悲劇の始まり (5/10ページ)
「わしの目指す新しい世を作るには、お前の意見は無用」と言っているようでした。
野望を遂げるため信頼を失う辛さには目を瞑り、変わり続ける覚悟をした秀吉。
孤独感は漂っているものの、改めてメンタルの強さを感じます。
それに対して、相変わらず「万事円満な世界が一番」な小一郎。
清洲会議以来、小一郎が「どういうつもり?」という表情で秀吉の顔を見る回数が増えて、兄弟の間に少し齟齬が生じたような雰囲気が気になります。
温厚・誠実で兄秀吉への忠義を尽くして捧げたと伝わる秀長。
実際には、清洲会議が行われた天正10年(1582)6月27日の後、秀長が病死したのは天正19年(1591)1月22日なので、残り9年の命です。
ちょうど、秀吉が奥州を平定し、甥の豊臣秀次を養子に迎えて関白職を譲ったころ。
そして、愛する弟を失い、千利休を自刃させ、朝鮮出兵を行い、秀次を追い込み……と、どんどんと狂気をはらんでいく歴史は、今この時から始まったのかなと意味深な感じがしました。
時折、なんともいえない怖い表情を見せる秀吉。(NHK「豊臣兄弟!」公式サイトより)
織田の宿老と決別『屈服』を選ぶ丹羽の覚悟今まで、ずっと温厚でいい人に描かれてきた丹羽長秀。「信長が絶対的な信頼を置いた家老」として、派手さはないものの着実に人気を伸ばしてきました。