遊女への豪遊が「砂糖の値段」を吊り上げた?オランダ人も虜にした丸山遊郭と江戸スイーツの関係 (2/5ページ)

Japaaan

桜餅(イメージ)

桜の香りと甘味の調和が江戸の人々の好みに合っていたことに加え、店の娘であるおとよの美貌が人気を後押ししたとされます。

おとよは錦絵に描かれるほどの評判で、のちに閣老・阿部正弘側室となった人物です。菓子の魅力と人物の存在が相まって、桜餅は江戸の名物として広く知られるようになったのです。

阿部正弘(Wikipediaより)

桜餅に使われる桜の葉は年間三十数樽で、一樽に約二万五千枚が入っていたため合計で八十万枚ほどが必要でした。

また、桜餅の値段の四分の一が砂糖によって占められていたことからも、砂糖が菓子の価値を左右する要素だったことがわかります。

深川佐賀町の船橋屋も江戸を代表する菓子店として知られ、大名や豪商が客として訪れました。

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