【豊臣兄弟!】「裏切り者」と描かれ…物議を醸した中川清秀の遺志を継いだ息子・中川秀政の出世と不覚の最期 (1/4ページ)

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【豊臣兄弟!】「裏切り者」と描かれ…物議を醸した中川清秀の遺志を継いだ息子・中川秀政の出世と不覚の最期

大河ドラマ「豊臣兄弟!」、百姓の小倅から天下人へ成り上がった羽柴秀吉(池松壮亮)の栄光は、多くの家臣たちが支えてこそ実現できたものでした。

今回は秀吉に仕えた家臣の一人・中川秀政(なかがわ ひでまさ/大友至恩)を紹介。果たして彼はどんな人物で、どんな生涯をたどったのでしょうか。

少年時代から信長に仕える

大友至恩演じる中川秀政。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK

中川秀政は永禄11年(1568年)、中川清秀(すがおゆうじ)と熊田宗白女(くまだ そうはく娘)の間に誕生しました。

実弟に中川秀成(ひでなり)ほか、実姉(池田輝政室)や実妹(森忠政室)そして異母妹たち(家臣寺井元定妻・家臣中川正次妻)がいました。

元服後の通称は藤兵衛(とうべゑ)、後に右衛門大夫・従五位下と叙せられます。

はじめは父と同じく織田信長(小栗旬)に仕え、天正6年(1578年)に信長の娘である鶴姫(つるひめ。生母不詳)を妻に迎えます。きっと信長から、将来を嘱望されていたのでしょう。

鶴姫は当時12歳(永禄10・1567年生)で秀政より1歳年長、まだあどけない同士のおままごとみたいな夫婦でした。結局二人の間に子供はできず、鶴姫は程なく先立ってしまったそうです(没年は不詳)。

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