「妾5人と同居」勝海舟の妻・たみの壮絶生涯|瀧内公美が『逆賊の幕臣』で演じる賢妻が抱いた“深い恨み” (2/5ページ)
雨が降ったら困りますが、勝海舟は笑って「寝ながら星が見えるなんて贅沢だ」などと嘯いたとか。とまぁ貧乏でも不便でも、笑って暮らせば大抵の暮らしはどうにかなるものです。実に大らかなものでした。
が、ご存じの通り勝海舟がどんどん立身出世していくと、何とも様子が変わってしまいます。そう、勝海舟が裕福に任せてどんどん妾を作り始めたのです。
五人もいた勝海舟の妾たち
勝海舟は妾たちと、それぞれに子供を作りました。一覧にしてみましょう。
梶玖磨(かじ くま。別名お久)
長崎伝習所時代(34歳ごろ)に当時14歳だった彼女を妾としました。現代なら間違いなく犯罪です。
彼女との間には女児(すぐに亡くなる)と三男の梶梅太郎(うめたろう。元治元・1864年生まれ)が生まれるものの、彼女自身は25歳という若さで世を去ってしまいました。
増田糸(ますだ いと)
勝家の使用人で、安政7年(1860年)の咸臨丸渡米前に手をつけたそうです。彼女との間には三女の目賀田逸子(めがた いつこ。後に目賀田種太郎夫人)と四女の勝八重(やえ)が生まれました。
小西兼(こにし かね)
彼女は赤坂氷川邸で働いていたところに手をつけられ、四男の岡田義徴(よしゆき)を産んでいます。