【豊臣兄弟!】本多忠勝vs加藤清正「小牧・長久手」“幻の一騎打ち”と2人に隠された意外な共通点 (4/7ページ)
そのとき、馬を疾駆してきた武者が二人に対して「それまで!」と声を掛けました。それが清正の主君、秀吉でした。
秀吉は忠勝ほどの剛の者を殺すのは惜しいと述べ、自分の家臣にならないかと誘います。
これに対し忠勝は、家康以外の主君に仕える気はないと断ります。しかし、自分は討たれた身であるからと、首の代わりに「鹿角脇立」の兜を清正に差し出して去っていったというお話です。
後世の作り話とはいえ、生涯を通じてかすり傷一つ負わなかったという逸話のある忠勝も、清正には敵わなかった。そんな物語が描かれたのが、豊臣家への関心が高まった明治後半であったことを考えると、興味深いものがあります。
本多忠勝と加藤清正、二人に共通する「政治力」忠勝と清正の一騎打ちの話は、この辺にしておきますが、実はこの二人には、重要な共通点がありました。
それは、二人とも単なる武将、そして軍事指揮官ではなかったということです。
もちろん、両名とも出仕した若いころは、一騎駆けの武者として戦場では先頭に立ち、槍働きをしたことでしょう。